アメリカで最初に誕生した郵便局は?

写真は1792年 Facebook



ベンジャミン・フランクリンは、大陸会議が1775年7月26日に彼に郵便ルートの整備を許可したことから、しばしば米国郵便公社(U.S. Postal Service)の創設者として称えられている。しかし、この発明家にして建国の父がアメリカ初代の郵便長官となる以前に、もう一人重要な郵便管理者がいた。

リチャード・フェアバンクスという名の酒場の主人である。フランクリンが郵便事業を管理する約136年前、フェアバンクスの酒場がアメリカ合衆国初の郵便局となったのだ。 

ボストンのウォーターストリート沿いで「ワインと強い酒」を販売することを許可されていたこの商人は、そこで郵便物の収集と配達を担う責任者となった。

ベンジャミン・フランクリンは、アメリカ史上最も重要で多才な人物の一人であり、政治家、外交官、科学者、発明家、そして成功した出版人・作家として活躍した、まさに真の建国の父である。($100札に印刷されている顔の人)


郵便局と酒場を併設するというのは、現代の基準では奇妙に思えるかもしれない。しかし17世紀には、これは一般的で賢いやり方だった。

当時のヨーロッパでは、宿屋や酒場がコミュニティの定期的な集会場所であったため、しばしば郵便局として指定されていた。パブは植民地時代の生活にも大きな影響を与え、旅行者への食事や道案内、娯楽、そしてニュースを提供していた。 

こうした理由から、1639年11月6日、マサチューセッツ総会はフェアバンクスの酒場を「海外から持ち込まれるすべての手紙」、とりわけ植民地とイギリス本国との往来する書簡の公式郵便局として指定した。フェアバンクスは取り扱った手紙1通につき1ペニーを支払われていた。 

 一方、植民地間の郵便については、初期のアメリカ人は非常に工夫しており、旅する近隣住民や商人の手を借りて、私的に手紙を各植民地へと届けていた。


アメリカでは、一度は「郵便を送る」のではなく、「受け取る」ために料金を支払っていた時代があった。

多くのアメリカ人にとって、郵便局に寄って切手帳を買うのは日常的な行動だ。しかし、これは約175年前までは当たり前ではなかった。かつてアメリカでは、手紙を送る側ではなく、受け取る側が郵便料金を支払っていたのだ。

この仕組みが変わったのは1847年、議会が米国郵便公社(USPS)に初の公式切手の発行を認めたときだった。アメリカでは独立戦争の頃から郵便サービスが存在していたものの、1840年代のUSPSは予算赤字に陥っていた。その理由のひとつは、配達時に料金が支払われないケースが多かったためである。

配達払いの郵便料金は安くなかった。たとえば、ニューヨーク市からニューヨーク州バッファローまで手紙を送るには、当時の労働者の多くが1日1ドルほどしか稼げなかった時代に、最高25セントもかかった。受取人は手紙を拒否することもでき、その場合郵便局側は往復の配達コストを負担しなければならなかった。

多くのアメリカ人は事前に料金を支払う制度に懐疑的で、それは「受取人が料金を払えないほど貧しい」と示唆する侮辱だと受け取られていた。しかし、1855年までには議会が郵便改革を行い、切手の使用を義務化すると同時に、郵便料金の標準化と引き下げを実現した。



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